夢は、檻だ。
俺は毎夜、その中で同じ悪夢を見ていた。
橙の光が続く夜の山道。
迫ってくる黒い異形。
血に染まり、崩れ落ちる人々。
俺がすぐ動かなかったから。
俺が無茶をしたから。
八日前、あの日の光景が、眠るたびに蘇る。
――けれど、今夜は違った。
いつもの檻には、街で見かけた“あの黒い生き物”がいた。
鳥にも似た影が、音もなく浮かんでいる。
胸に鋭い痛みが走り、視界が白く揺れる。
夢の中のはずなのに、痛みだけが生々しい。
そして、もう一人――緑の目をした男が現れた。
いつもの悪夢にはいない二つの異物。
俺の悪夢は、現実へと変えられた。
状況を理解する間もなく、俺は檻の中を逃げ回った。
ようやく夢から覚めたとき、俺は自分の部屋の真ん中に立っていた。
助かった――
張り詰めていた神経が緩み、息を吐く。
やっぱり夢だった。
夢でよかった……本当に。
窓から月光が差し込む。
灰をかぶったような月が山の上に浮かんでいた。
山の縁は薄っすらと白みはじめ、もうすぐ夜も明けそうだ。
胸に手を当てる。
痛みはもうない。
だが、すぐに別の違和感に気づいた。
手に伝わる服の感触が鈍い。
手元を見下ろして、俺は息を呑んだ。
手が――透けている。
床板の木目が、その向こうに見えていた。
視線を落とす。
腕も、胸も、足も。
全身が淡く透けていた。
まだ夢を見ているのか?
俺は頬をつねった。
痛みは――ある。
だが、鈍い。
呼吸が浅くなる。
喉がひりつき、うまく息を吸えない。
俺は何かに引かれるように振り返った。
ベッドを見た瞬間、俺は凍りついた。
そこには――俺の身体が、まだ眠っていた。
そして、抜け殻のはずの俺の身体は、ゆっくりとまぶたを持ち上げた――
すべてが狂い始めたのは、八日前――“昏渡り”の日からだ。